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2億か8億

めしの話をしたり生活の話をしたりする

何度繰り返しても多分留年して退学するとおもう

この記事は 退学 Advent Calendar 2016 - Adventar の11日目の記事です。

手短に

留年→休学→バイト→正社員→退学→転職(今)

最近の年表

2009/04 大学入学
〜2010/9 1年前期〜2年前期 キャンパスライフを謳歌しているつもりだった
2010/10〜2011/03 2年後期 実験がスタートしてしんどみを感じる そこそこなんとかなってた
2011/04〜2011/09 3年前期 毎日午後実験でどんどこ辛くなる 部活も部長とかなって人間性が限界を迎える
2011/10〜2012/03 3年後期 暗黒期 実家戻って免許とってたら震災
2012/04〜2013/03 4年 研究室には行かなくても卒業できるのでWebベンチャーに潜り込んでなんとかしようという姿勢
2013/04 4年2回目前期 親の大病もあってアルバイトやめてなんか死んでた
2013/09 4年2回目後期 後期から休学することに
2014/03 もうダメだ死ぬとなってたらウチにこないかと誘われWebベンチャーにアルバイト入社
2014/06 なんか正社員にしてもらえた
2014/09 休学終了→退学
2015/04 現職に転職

目的なく大学にきたひと

中学生の頃からWebをお仕事にしたかった。
今でこそWeb屋になっているが。

高校はとりあえず普通科の進学校に行ったほうが良いと言われて、そうした。
大学選ぶときも同じようにWeb方面に行きたいと言った。
結局、金の問題とかでもめて諦めてしまった。

親との問題はおいといて、そのときに私は自分がやりたいことがあるのにそれを貫けなかった。
それで、得意だし東京圏の入れる国立大学に…っていう進路の決め方をしてしまった。
周りが勉強してるし、親も教師もそれが良いみたいな態度だったので私も勉強してた。
でもそれは自分の生き方を決めるために勉強してたってかんじではまったくなかった。

というか、大学も途中で「いやお前安全牌切りすぎでしょ!!!」とクラスの人に言われてひとつランクアップしたし、赤本買ってたけど問題傾向だけ見て「英語と生物はいけるから数学の微積でいかに部分点とれるかだな!!!」とか思って赤本解かないっていう暴挙に出たり、あんま真剣さはなかった。

良かったのか悪かったのか、受かってしまって、なんとなくそれまで通り授業受けて、ってしてたのが二年前期まで。
でもある日、このアカデミックな世界で生きていくのは無理だと、思ってしまった。
逃げでもあるし、ある程度その中で楽しみを見つけることが本当にできなかったかといわれると多分そうでもない。
でも、突然「院まで行って就職活動をして生きていく」というのがビジョンとして見えなくなっていた。

熱意が失われて(いやもともとねえんだけど)、そうするとあとに残るのは金出してもらってるのに……というのと、行くのが普通のこと当たり前のことなのに何故自分は当たり前になれないんだ……という苦痛。

本当にクソみたいな日々を送っていた。
今日こそはって何度も何度も思ってできなくて。

何度も同じ失敗を繰り返すことにどうしても耐えられなくなっていった。

もう引き返せないから、大学をやめたらもう終わりだからと、何度も何度も何度も自分を奮い立たせても、行けなかった。

きっと人生をやり直せたとして、私はあそこで何度も挫折する。
自分の道を描けない場所にはいられない。

働くこと

飲食でアルバイトしたり、Webベンチャーでアルバイトしたり、そういうとき、すごく心が安らいだ。
お金をもらうというのは親の呪縛から逃れることでもあったし、そしてそれが社会にとってプラスだからお金をもらえているんだと自分に言い聞かせることができたから。

自分を承認する方法がそれしかなかったんだと思う。
誰からも褒められるような状態じゃなくても、なにか従事していれば、それでその場にいていいと思えた。

教育を受け、学ぶことは自分への投資で、親や社会が投資してくれているというのは今になったら言える。
でもあのときはそれがただただ重圧だった。
自分のような無価値な人間が半年26万の学費と生活費を貰ってまで生きる価値とは?という答えはなかった。

裕福な家庭ではなかった。
親は祖母から「お前のためにこんなに働いてやっているんだ」などと言われ続けていた苦痛から逃れるために自分で金を稼いで短大を出たのもあり、「金を出す、大学を出て欲しい」と酔っ払うたびに私に言った。
それがありがたいなんて思うことはなく、苦痛だった。
金は私を縛り付けるものだったから。
好きなことをしたいとちゃんと主張できず自分を妥協させてしまったという事実も、私を縛り付けてた。

金が私を縛り付けてた。
金を貰ったから大学をでなければいけなくて、金を稼いでいればその呪縛から逃れられると思った。

呪縛がほどけるとき

ある日、親が大病を患った。
大きな手術の後、会いに行った。
ひどく痩せ、骨と皮だけになっているのに日焼けが浅黒かったのを強く覚えている。

ひどく弱い人間に見えた。
たくさんの管に繋がれていて、臓器を失い、声も出せない親は急速に私の中の親の像を小さくさせた。

人間なんだなと、思った。
そして、人間はそこそこ容易に死ぬのだと、そして死を免れるのだと、痛烈な実感を得た。

もう彼女は大きい存在ではなく、私を縛り付ける力は強くないのだと、明確にそう感じた。

そして退学する

退学したとき、めちゃくちゃ清々しかった。
後ろめたかった。そして、誰とも顔を合わせたくなかった。
でも退学しに行った時、大学がキラキラして見えた。
バカみたいに迷惑をかけた人に謝ることはできなかったけど、担当の先生にはちゃんとお礼が言えた。

もっと早く退学すべきだったなんて思わない。
それを言うならその大学に行くべきじゃなかったのでは論になってしまうので。
でも、未だに後悔していない。
自分でちゃんと決めたことだから、自分で責任を持てるから。

自分で決めた道を、自分で責任が持てることにものすごく感謝した。

とはいえ大学中退

ネックだったのは
「Web系のスクールにすら行っていない」
「大学も技術系じゃない」
ということだった。

最初の会社に入れたときはよかったが、転職したくなったときにそこが一番ネックに感じた。
市場価値わからん、技術もたいしてない、一体どうすればとガタガタ震えていた(表現には一部誇張があります)。

でも、今の勤め先に内定を貰って、働き始めて次第に不安は消えていった。
自分の価値をしっかり評価できるように少しずつなっていったし、新しいことを吸収して、自信がついた。
いや不安になる日はたくさんあるし、周りを見て焦ることはアホのようにあるけど、自分への投資と承認がわかっていれば、少しは楽に生きていける。

きっともう大丈夫

人は死ぬし、絆(いい意味じゃない方)は切れる。
その分人と出会うし、若い人たちに投資する。
そうして、ちゃんと幸せになれるから大丈夫だと思う。
本当に自分がやりたいことを見極められるように色んな人と話してみてほしい。
大学を出ていたほうがいいかもしれん。
でも、そんなに苦しむくらいなら辞めたほうがいいよとなるかもしれん。
ひとまず大丈夫なので、相談してみたらいい、と思う。
相談してやっぱ行けよ!と言われて行けなくても、いいので。
そういう生き方をしてきた人もそこそこいて、みんながみんな後ろめたいところないとかないと思っていて、だから大丈夫だと思ってみていい。
メンタルがヘルスになるなどの場合は適宜通院したらいいと思うけど、まぁ、そこは難しいので、うん。
私は精神科行ったけど「身体を動かして掃除して三食食ってれば死なない」という言葉しか役に立たなかったぞ。
それが出来たら精神科受診しねーーーーーーーーーーーよハゲ。

とりあえず、そんなかんじで楽しく生きています。