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コーヒーを淹れるときに考えていること

この記事はコーヒー Advent Calendarの6日目の記事です。

コーヒーを淹れるときに何を考えますか?

私がコーヒーを飲むようになったのは親がコーヒーを毎日淹れてたので、大人ぶって飲んでみたのがはじまりでした。
そのうち、自分でもドリップできるようになりたいと思い、ハンドドリップをはじめます。

親は喫茶店をやってたので、淹れ方を教えてくれました。
とある日、私はコーヒーを淹れて「良い豆だから丁寧に淹れた!」と言った時、親はこう言いました。

コーヒーを淹れるときに、考えて淹れるようではまだまだ。お客さんと喋りながらでも美味しくいれてみなさい。

会社でコーヒーを淹れるようになった

さて、今はオフィスをうつってできてませんが、東京にいたころは毎日のように給湯室でハンドドリップしていました。
ちょうどいい気分転換だし、好きな豆を買っても毎日スタバに通うよりよほど安かったのです。
ひとりぶんを淹れると味が安定しないので、多めに淹れて仲のいい人に差し入れていました。

毎日毎日、同じ器具で、誰かが入ってきたり、話しかけてきたりする中、いろんな種類の豆を淹れてました。
そこでふと、例の言葉を思い出しました。

コーヒーの抽出では様々な条件で味が決まります。
湯の温度、豆の種類や焙煎、新鮮さに豆じたいの温度、それから器具の種類や淹れる速度、手法などなど…。
数え上げたらキリがありません。

複合的な条件を設定する上で、環境のコントロールは極めて複雑で難しいでしょう。
ひとつひとつの条件を精査して、考えて…というのも楽しみのひとつではありますね。

ただ、毎日淹れて気づいたのが、自分が淹れた味というのが「均質化してきたこと」です。
淹れ方や条件が毎日一定になりつつあった、とも言えるかもしれません。

そうなると、豆を変えただけで味が変わります。
温度を変えただけで味が変わります。

対照実験のように、一定のフローが自分の中に整うことで条件の違いが楽しめるようになったのだろうと推測しています。

何を考えているのか

親が言っていたことは、決して「心をこめても無駄、考えても無駄」と言ってたわけではないのかもしれないな、と思い至りました。
お客様と話して、お店のことをしながら、それでも同じ味を出せるまで、何度も何度も試行すること。
その積み重ねがあったからああいうことを言ったのかもしれないなと、そう解釈するようになりました。

会社で仕事のことを思案しながら、誰かと話しながら、何も考えずに……そうやって淹れることが増えました。
それでも、数をこなすことで一定の味に近づいていたという事実は、ああ、そういうことだったんだな、と。

未だに実家に帰って親の淹れたコーヒーを飲むと、わかりやすい味がします。
カリタのものからハリオに変えたようで、そこの味は自分の味と似ているのが面白いなと感じます。

スペシャルティコーヒーを、とか、焙煎を、とか、そういうレベルのコーヒー好きというわけじゃないのですが、日常の中で飲むコーヒーでもそんな気づきがあるものなのだなーと。
まぁ、条件を揃えると味が同じに近づきやすいとかその程度の話なんですが…。
これまで投稿されてるAdvent Calendarの記事がなんかすごいので参加したことに後悔しながら、ハードル下げ人間として役目を果たせたのではないでしょうか。今適当なことを言っています。

それでは明日はPUPRLさんです。